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vol.

012

MARCH
2016

vol.012 / わたしの滞在記

今、あの頃

ウィル・ロング

日本に移住した2011年の1月、僕は台東区の稲荷町のホテルで最初の一か月を過ごした。土地勘がなくて適当に選んだ場所だったが、静かで落ち着く所だった。稲荷町は仏壇屋が多く建ち並び、幽霊が出る噂があることを後になって知った。

そこで僕の東京生活は始まった。西に数分歩くと上野公園があった。木々で囲まれた池があり、高層マンションが冬の夕日で輝いていた。僕の故郷には高い建物は無かった。草が伸び放題で人気のない公園しか僕は知らなかった。

上野駅で君と会ったある日、我々はアメ横でランチに鰻を食べた。それから合羽橋を歩き、僕は台所用品店で小さな果物ナイフを買った。氷のような冷たい風が巻き上がる中、隅田川を渡った。遊覧船が泡を立てながら通り過ぎていった。思い出すのは、橋の真ん中から見えた街がとても静かだったこと。都市の中心部にいるようにはとても感じられなかった。我々は対岸の高架下の堤防に座り、景色を眺めながらテイクアウトのコーヒーを飲んだ。その後、当時は未完成だったスカイツリーの近くを歩き、僕は道端の木からオレンジを摘んだ。

その夜ホテルに戻り、僕は二人で食べるために新しいナイフでアボカドを切り、レモンとオリーブオイルをかけた。摘んできたオレンジを搾った紅茶を淹れたが、とても苦くて飲めるものではなかった。

そしてつい去年のこと、僕は君と、1歳になる娘と一緒に合羽橋を再び訪れた。このとき僕が買ったのは、バタートレイだった。

  • ウィル・ロング

    東京在住のアメリカ人音楽家/写真家/ライター。2005年よりWill Long名義及びCelerとして音楽を発表し続けている。これまでに発表した作品は100曲近く、自らのレーベルも運営している。 http://www.celer.jp/

編集:仲野聡子