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vol.

014

SEPTEMBER
2016

vol.014 / 東京新陳代謝

ただいま工事中。

写真・文:岡本仁

東京らしい風景って何だろう? ということを数年前からよく考えるようになった。それはほかの町に用事があって出かける機会が増えてからのことだと思う。例えば鹿児島市なら桜島が毎日のように噴煙を上げている。日田市なら三隈川が時間帯や天気によって違う表情を見せてくれて飽きない。そういうものを見て感慨に耽った後に東京へ戻ってくると、むくむくと冒頭の問いがわいてくるのだ。

ニューヨークに10年ぶりに行ったのがもう10年前になるのだけれど、好きだった店がなくなり知らないところがたくさんできていたにもかかわらず、街の印象はほとんど変わらなかった。それは、建物が同じだからだとすぐに気づく。歩くときに目標にしていたようなものはすべてそこにあった。新陳代謝は繰り返されているようだが、風景には馴染みがある。だから安心感と愛着が生まれる。たぶんあれから10年が経った今日のニューヨークも同じはずだ。

ぼくは北海道の炭鉱町で生まれ育ち、そこから一刻も早く逃げ出したくて東京にやってきた人間だ。40年以上住んでいるから、東京が自分の街と言ってもそろそろ大丈夫かなと思う。もう愛着のある風景ができてもいい頃だ。いちばん長く住んでいる街は渋谷なので、渋谷で愛着のある風景を思い浮かべてみる。ゆるやかに湾曲した建物が優美だった渋谷区役所は建て替え中。いろいろ刺激的なカルチャーを教えてくれた渋谷パルコは、つい先日、建て替えのために閉店した。大好きなロシア料理店があった駅前のビルも建て替え工事中。前に東横線の渋谷駅があったあたりは駅舎がなくなって、歩道橋の上から山手線のホームが見える。東京は建物ごと変わってしまう街だ。それが新陳代謝だということはわかるけれど、すべての工事が終了して落ち着いた東京は、いったいいつ出現するのだろうか。

誰かに「東京らしい風景って何ですか?」と尋ねられたら、いまのぼくには「クレーン」という答えしかない。

  • 岡本仁

    編集者。マガジンハウスにて『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの雑誌編集に携わった後、2009年にランドスケーププロダクツへ転職。現在『暮しの手帖』や『&Premium』でエッセイを連載中。