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vol.

016

MARCH
2017

vol.016 / 対談

拡張していく身体感覚

宮前義之(デザイナー)×緒方壽人(デザインエンジニア)

「イッセイ ミヤケ」のデザイナーに就任して6年目を迎えた宮前義之さん。
デザインとエンジニアリング、その両方の視点を持ちながら様々なプロジェクトに携わる緒方壽人さん。プレイヤーとしての活動の場は違うふたりですが、そのマインドは、実は同じ場所で深く交差していました。

テクノロジーの発達によって、可能性が広がりつつあるデザインの世界。デザインエンジニアリングもまたそのひとつですが、一体デザインエンジニアリングとはどのような役割を果たすのか? ふたりの話題はそこからはじまりました。

宮前:僕は子供の頃からずっとファッションの世界に憧れを持っていました。服の持つ色や形、人が纏ったときの華やかな気配が大好きで、将来はこの道に入ろうと文化服装学院で服のデザインの勉強をしました。当時はちょうど21世紀を迎える時代の転換期。これからの時代はどのような志を持ったファッションが世の中を変えていくのだろう?ということにもとても興味を持っていました。そんな僕に大きなショックを与えたのが、イッセイ ミヤケのプロジェクトであったA-POCで、実はエンジニアリングという言葉や概念もこのときに知りました。

緒方:そうだったんですね。デザインというと、一般的には見た目の形状や色、質感や柄などを意匠すること、それはスタイリングに近いと思うんですが、本来デザインとはどのようにしてそれを作るのかという設計、いわばエンジニアリングまで含まれているはずなんです。そういった意味でイッセイ ミヤケの服は、人の身体と服の関係を設計することから緻密に考えて作られている印象を持っていました。デザインの本質を突いていると。

宮前: A-POCは「これからの時代は、色や形ということ以上にエンジニアリングの仕事がとても重要になってくる」という考えのもと、三宅一生と藤原大が1997年に始めたプロジェクトでした。当時、藤原は自身のことをデザイナーではなく、デザイン・エンジニアリング・ディレクターと名乗っていました。実際、A-POCはコンピュータ・テクノロジーを用いて一本の糸から一体成型で服を作りだす製法を開発していて、まさにエンジニアリングの視点から、身体と服の新しい関係を追求することを試みていたのです。この製法では出来上がった布を、切り取り線に沿ってハサミで切るだけでそのまま服として着ることができるのです。それは当時ファッションのデザイン=スタイリングに偏っていた僕にとって、既存の価値観を覆すような、いい意味でとてもショックなものでした。

緒方:そういう体験を経て、その後、宮前さんは三宅デザイン事務所に入社されたわけですね。

宮前:はい。入社して三宅と藤原の下でA-POCを学びました。そこで改めてエンジニアリングの重要性を痛感させられました。もちろんエンジニアリングに偏ったがちがちのプロダクトではなく、最終的には時代の空気も取り入れながら、着る人の気持ちが高揚するようなデザインを届けるのが僕らの仕事です。だから結果として服にとってデザインとエンジニアリングは、絶対に切り離せないものになりました。

緒方:今の宮前さんのお話を聞いていたら、数年前にtakramのメンバーの間で、takramのアイデンティティとは何か?を議論したことを思い出しました。ちょうど当時takramの本(『takram design engineering | デザイン・イノベーションの振り子』LIXIL出版 2014年)を出版する話があって、改めて考えてみたんです。それで僕らの出した答えは、デザイナーとして見る、エンジニアとして見る、この二つの視点を高速で行ったり来たりしていることが僕らの強みなのかもしれないね、ということだったんです。例えばデザイナー視点で見るとものすごく難しく感じる問題も、エンジニア視点で見ると意外と簡単に解決できてしまうことがあって、そういった大きく揺れ続ける振り子のようなイメージがtakramにはしっくりときたんです。

宮前:僕自身もそれができたらすごく理想的だなって思います。

緒方:ちなみにデザインとエンジニアリングは揺れているうちに融合もするのかと思いがちなんですが、両者の領域はそれぞれにあってその間を揺れている、という表現が正しい感覚があります。例えば頭で考えて行き詰まったら、とりあえず手や身体を動かしてみると急に道が切り開けることがありますが、その感覚に近い。それは問いと答えの関係性にも似ているような気がします。仕事では問いを立てて答えを探す毎日ですが、答えが見つからない場合もあるんです。そういうときはそもそもの問いを立て直すんです。すると答えが見つかる。こんな風に僕は日々、デザインとエンジニアリング、問いと答えの間を行ったり来たりしているような気がします。

宮前:それはすごく共感できます。デザインとはそもそも問いを立てることでもありますよね。よく三宅も「問題意識を持たなくなったらデザイナーとしておしまいだ」と言っていますが、イッセイ ミヤケというチームの中での僕の一番の役割というのは、チーム全体に問題を投げ込むことなのです。緒方さんはどうですか? takramに相談すればどんな問題も解決するのではないかという、世間的にはそんな雰囲気が醸し出されてますけど。

緒方:僕らにも解決できない問題がきっとあると思いますが、でも確かに最近ますます抽象度の高い案件が増えているように思います。「ここのユーザーインターフェースをもう少し改良したいんです」といった具体的な問題に対して答えを出していく案件がある一方で、問題そのものを立て直すところから始めるような案件も多いですし、または「こういうものが自社でできたんですが、何かに使えませんか?」といった問題が発生する以前の相談もいただきますね。

宮前:かかりつけのお医者さんのような感じですね(笑)。