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vol.

016

MARCH
2017

vol.016 / 対談

拡張していく身体感覚

宮前義之(デザイナー)×緒方壽人(デザインエンジニア)

無意識な身体

宮前:21_21 DESIGN SIGHTで『アスリート展』がまもなく始まりますが(※1)、緒方さんはディレクターのひとりとして関わられていますね。

緒方 :『アスリート展』のディレクターは、為末大さんと菅俊一さんと僕の3人なんですが、一流のアスリートだった為末さんとは対照的に、僕と菅さんはオリンピックをテレビ越しで応援したり、好きなスポーツの観戦に出かけたりする側の人間です。そんな中でこの『アスリート展』のディレクションのお話をいただいて、最初はアスリートと言えば自分とはかけ離れた超人的な世界が広がっているんだろうなと想像していました。その世界に対して自分に何ができるんだろうと。ところが為末さんを始めとするアスリートのみなさんにお話を聞いていくと、接点はどうやらあるようだ、と。僕たち一般人の中にもアスリート性があるし、逆にアスリートにも僕たちと同じ日常がある。そういういろんな要素が絡み合っているんだなということが見えてきたときに、アスリートはもちろん、アスリートではない人たちが訪れても新しい視点で見ることができる展覧会にできると思いました。

宮前:どんな展覧会になるのか楽しみです。

緒方:アスリートの人たちは、どれだけ意識して意図した通りに正しく身体を動かせるか、一回、自分の中で分解して意識化したものを、今度は無意識にそれができるようになるまでトレーニングを繰り返していくんです。私たちも歩いたり、走ったり、何かを無意識に掴んだりできますが、ただ歩く、走る、掴むという行為の中にある高度な身体性を、『アスリート展』では気づいてもらえるのではないかと思います。

宮前:身体の意識と無意識の関係性については、僕自身、金森穣さん率いるダンスカンパニーNoismの舞台衣裳の仕事(※2)をしたときにすごく考えました。ダンサーの方たちもまた、アスリートのように日々厳しいトレーニングをしています。振り付けを反復練習していくことで、美しい身体の躍動が生まれていくわけですが、ではその中での衣裳の役割とは何か。もちろん舞台上の物語を説明するための一つの手段ではありますが、このとき僕が金森さんに渡したものは、制約でした。

緒方:衣裳に制約を、ですか?

宮前:本来ダンサーが踊りやすい服を作るのが大前提のところを、僕はあえて袖の部分に1メートルほどの布をつけて動きに制約をかけました。そうすることで手を動かしたときに、1歩、2歩ずれたスピードで布が手の動きについてまわるので、手の動きが遅ければ布はたるんでしまって美しく見えなくなります。それはダンサーにとってものすごい違和感となるので、必然的にダンサーの意識は手の動きにむかっていき、布が美しく舞うように手を動かそうとします。

緒方 : 布に身体が引っ張られている。そのフィードバックこそが新しい身体感覚になっていく。面白いですね。

宮前:従来の自分の身体と違うものがそこで生まれます。つまり衣裳は身体の拡張の役割を担っている。そうなれたときに僕たちの作る衣裳とNoismの身体が初めて一体化するのではないだろうかと思いました。もちろん制約というテーマに向き合えたのは、Noismの身体性があってこそでした。

振り子のように揺れながら

緒方:『アスリート展』のためのリサーチで、世界記録が上がると選手全体の記録が上がるという現象があることを知りました。要は100メートルを10秒切れなかった時代は、人間には10秒は絶対に切れないと思い込まれていたと。ところが1人がその壁を越えた途端にみんなが越え出していくんです。

宮前 :そうやって人間はこれからも進化していくのでしょうね。3年後の東京オリンピックでも壁を越えていくアスリートが出ることを期待したいですね。東京と言えば、TOKYO PAPER for Cultureということで、東京がこの対談のひとつのテーマでもありますが、渋谷と下北沢では行き交う人もお店も全く印象が違うように、東京は多様性に溢れた街で、イメージとしては色々なものがパッチワークされている印象があります。

緒方:中央線と東急東横線では全然印象が違うように、東京は沿線ごとのカラーもありますよね。その上で東京は山手線が円環になってるというのが、一つ面白い都市を作っているような気がします。スタートも終わりもないという点が、この都市の文化を形成していると。

宮前:その一方で経済優先の都市開発が進む東京は、どこを切り取っても同じ景観というようなことが少しずつ広がってきている印象があって、そこには寂しさを感じています。

緒方:それでもなお東京の独自性はやはりダイバーシティーであるとしたら、もっといろんな見方で東京を楽しむことができるガイドがあるといいなって思います。例えば2012年のロンドンオリンピックのときに『Time Out』がロンドンのオフィシャルトラベルガイドを担当して、「オープン・ロンドン・ガイド」を作っていましたが、空港から街まで、完全なバリアフリー情報が載っていました。障害者や高齢者を含めてあらゆる人の目線を取り入れたガイドは、相互に気づきがあります。東京でも2020に向けて作ろうという動きがありますが、そういう視点でもっと東京を捉えていけたらと思います。

宮前:モノと人を繋いだり、古い技術と新しい時代を繋いだり。デザインやエンジニアリングとは物事の間を繋ぐことでもありますよね。僕自身、この東京で繋いでいくことを続けたいと思います。

緒方:はい、僕自身も繋いでいきたいです。振り子のように揺れながら。


※1 本対談は1月に行われました。
※2 Noism『ASU~不可視への献身』(2014年)、劇的舞踊『ラ・バヤデール – 幻の国』(2016年)の衣裳を担当。対談の中で触れているのは後者の衣裳。
  • 宮前義之 Yoshiyuki Miyamae

    1976年東京生まれ。1998年文化服装学院アパレルデザイン科を卒業。2001年三宅デザイン事務所に入社し、A-POCの企画チームに参加。2006年、イッセイ ミヤケの企画チームに加わり、2011年よりイッセイ ミヤケのデザイナーに就任し、パリ・コレクションにデビュー。ブランドのアイデンティティともいえる素材開発や伝統の手仕事に光を当てた服作りを行う。
    www.isseymiyake.com

  • 緒方壽人 Hisato Ogata

    1977年熊本生まれ。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、2012年よりtakramに参加。ハードウェア、ソフトウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスなど、領域横断的な活動を行う。現在、21_21 DESIGN SIGHTで行われている企画展『アスリート展』(2017年6月4日まで開催)のディレクターを務める。
    ja.takram.com

編集・執筆:水島七恵
写真:高橋マナミ