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vol.

015

DECEMBER
2016

vol.015 / 対談

今、信じるべき肉体感覚

坂本大三郎(山伏)× 小桧山聡子(料理家)

野糞スポットを探しに

小桧山:東京のような都市は、この先ますますテクノロジーが発達してあらゆるものが合理的に機械化されていくんでしょうね。そんな時代にこそ、改めて個々の肉体感覚が大切になってくると思うんです。

坂本:肉体感覚。もし小桧山さんが本能的に必要としているとしたら、それは今の社会を支える合理性や常識が、実はとても危うくて脆いものだというのを直感的に感じているのではないでしょうか?

小桧山:まさにそうです。

坂本:僕自身も同じです。実際、10年前に社会の常識とされてきたことが10年後の今、非常識になっていることって多くないですか?

小桧山:安全、安心。そう信じられてきたことが急に崩れ去ってしまうようなこと、たくさんありました。

坂本:としたときに、一体何を信じて生きていけばいいのか? それがわからなくなる瞬間がたくさんあって。僕自身、東京で暮らしていたことがあるんですが、この街はたくさんの興味深い情報に溢れていて、その情報を自分なりにかいつまんでいけば、充実した毎日を送ることができます。でも年を重ねるうちに、日々移ろうものではなく、もっと揺るがないものを土台にして生きていかないといずれ立ち行かなくなると思ったんです。じゃあそのためには何をしたらよいのか? そのひとつの手段が僕にとっては山伏だった。縄文時代から歩みのある山伏の価値観は、僕自身が一番遡れる古い価値観です。そこから物事を考え始めると、色々見えてくることがあるんじゃないかと。事実、かつての山伏の姿を知り、山伏を体験する中で、僕の中には誰かの評価に左右される気持ちよりも深い部分に、「自然」が据えられるようになったんです。

小桧山:坂本さんにとって、山伏を通して見る世界が信じるべき肉体感覚なんですよね。

坂本:そうですね。そして大切なのは現実には色々なレイヤーがあるということを知ることです。合理性や機能性がなければ日常生活は成り立ちませんが、現実はそういったものだけでなく非合理的なレイヤーもあります。心っていつも合理的な判断ばかりしているわけではないですよね。心の声に耳を傾けることによって人生を豊かにできるかもしれない。でも非合理的なことばかり言っていると他者と関われなくなってしまいます。どちらのレイヤーもないがしろにしてはいけない大切な感覚なのだと僕は思っています。

小桧山:確かにそうかもしれません。その上で私にとっての一番の肉体感覚はやっぱり料理をすること、食べることですね。まるでコピー・ペーストの連続で生まれたかのような建物が都市に蔓延していますけど、その建物を見ているといつも私は心がざわついていました。なぜなら食べ物のように朽ちていく、腐っていく気配が全く感じられないからです。それはまるで土に還れないような、そういう恐怖感にも繋がっていって。腐らないと言えば、抗菌されたパック詰めの食べ物も同じ。最近世の中が発酵ブームなのも妙に納得してしまいます。腐らないという食べ物への違和感が、無意識にも人々を発酵に走らせたのかなって。命あるものは必ず朽ちて腐っていく。この大切な肉体感覚を忘れずに生きていきたい。

坂本:ものは必ず腐るし、腐れば臭いもする。でも今の社会は臭いを徹底的に排除しますよね。便なんてまさにそう。もともと便は自然の中に還せば微生物がすぐに分解してくれて、それが土の栄養にもなっていたはずなのに、今は水洗で一瞬にして流されてしまいます。

小桧山:どこに流れていったのか。それを知らないこの現実は、よくよく考えてみるとすごく怖いです。

坂本:東日本大震災があったときに、僕は海外の新聞社のアテンドで被災地に入ったんです。そのとき被災した人たちはみんな小学校に避難していたんですけど、たまたまトイレの前を通ったら、男性用の小便器の中に、大便が山積みになっていたんです。それを見たときに、何かこれはとんでもない状況だなと思いました。人それぞれの事情があるので一概には言えないかもしれませんが野外で大便をする選択肢があればこんなことにはならなかったかもしれないと、そう感じました。つまり本来の獣であるはずの自分と、社会の中での自分とが、あまりに分離されてしまったのではないかと。僕は山にいるときはよく野糞をしますが、同じようにみんなも自分の野糞スポットを持った方が絶対にいいと思うんです。

小桧山:野糞スポット。

坂本:ちょっとあそこの山に野糞しに行こうか、とね。季節が夏なら野糞した途端に虫が寄って肥料にしてくれますから。本当に自然の力はすごいなって思いますよ。小桧山さんのように料理をする人は特に野糞はした方がいいと思います。

小桧山:やっぱり排泄まで考えないといけないですね。では自分の野糞スポットを探しに(笑)。

坂本:ぜひ発見してください(笑)。

小桧山:そして食べることはもちろん、排泄して土に還るまでをちゃんと意識できる食のイベント、やってみたいと思いました。

坂本:小桧山さんとはいろんな共通点がありました。何か一緒にやりましょう。

小桧山:ぜひやりましょう!

  • 坂本大三郎 Daizaburo Sakamoto

    山伏。1975年千葉生まれ。山伏との関連が考えられる芸術や芸能の発生や民間信仰、生活技術に関心を持ち、祭りや芸能の研究実践を行う。現在は東北を拠点に自然と人との関わりをテーマに執筆し活動しながら、自身の店「十三時」(山形市七日町)を運営する。著作に『山伏と僕』『山伏ノート』など。www.13ji.jp

  • 小桧山聡子 Satoko Kobiyama

    料理家、山フーズ主宰。1980年東京生まれ。多摩美術大学卒業。素材としての勢い、料理としての勢い、美味しさ、を大切にしながら“食べる”をカラダ全部で体感できるような仕掛けのあるケータリングやイベント企画、ワークショップ、レシピ提供、撮影コーディネート、執筆など多様な角度から「食とそのまわり」の提案を行っている。yamafoods.jp

編集・執筆:水島七恵
写真:野川かさね