vol.
016
MARCH
2017
vol.016 / 往復書簡
小谷実由(モデル)× 土岐麻子(歌手)
東京を舞台に、日々の想いを交換するふたり
2017.03.29
みゆちゃん、こんばんは。
これを書いているのは、土曜日の夜11時。メイクを落として、ベッドに横になってお手紙を書いています。
余熱の残るお鍋のなかで、常備菜用の鶏ムネ肉に火が通るまであと30分。
窓の外の路地は静かだし、聴こえるのはリビングで夫が観ているテレビの音だけ。いい夜です。
…いや、いい夜なのか?!
子供時代の私が今夜のようすを見たら、おそらくそう突っ込むんじゃないかと思います。
そう、みゆちゃんと同じく、私にもあるわけです。「こんなはずじゃなかった」現実の一コマが。
小学生の頃、土曜日の夜は必ず「オレたちひょうきん族」を観て、オシャレな音楽にときめいていました。
EPOさんが「DOWN TOWNへくり出そう!」と歌い、山下達郎さんは「土曜日の夜は始まったばかり…」と歌う。子供の私はすぐに布団に入らなければいけなかったけど、きっと東京に住む大人達は、テレビを消した後、着飾って、キラキラした街に出掛けるのだろうと思ったものです。そして、私もはやく大人になって土曜日を満喫したい!と。
ところが高校を卒業した頃はすでにバブルははじけていたし、街はそんなにキラキラしていなかったし。ドライブデートもレンタカー、飲むのはカクテルの代わりに居酒屋の巨峰サワー。風をあつめようと路地を散歩したら、密集する室外機の強風に吹かれる始末…。
その結果、こんなふうに地味な土曜日を過ごして満足する人になりました。
だけど曲のなかには今でも懐かしくて憧れの“東京”が存在していて、時々心を立ち寄らせます。
そんなふうに、私も音楽のなかに2017年を閉じ込めたいな。
みゆちゃんにとって、そういう音楽はありますか?
あ、30分経ちました。鶏肉はぷりぷりに仕上がっていました。嬉しい。今夜はこのささやかで巨大な嬉しさをドラマチックな歌詞にしてみようと思います。