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vol.

012

MARCH
2016

vol.012 / 特集

見えない視線

林口砂里|福原志保|甲斐賢治/北野央|森永邦彦|飴屋法水|津田直

例えばミツバチやモンシロチョウには紫外線が、マムシやハブには赤外線が見えている。もしも人間に違う生物の目を移植したら、今までとはまったく違う世界を生きることになるだろう。どうやら見えないものを認識することで、見えてくることがあるようだ。
宇宙、生命、距離、意識、言葉、時間。
6人の視線の先にあったもの。それは見えない世界を見るということ。

林口砂里福原志保甲斐賢治/北野央森永邦彦飴屋法水津田直


生命

事実と感覚のズレを問うために

福原志保

人間とは、生命とはなにか? この目には見えない問いに対する答えを探すことがアーティストである私のミッションだと思っています。

その活動を握る材料のひとつがDNA(※)です。幼い頃、歯科遺伝学の研究者だった医学博士の父にDNAの存在を教わったとき、本当にワクワクしました。この二重らせん構造のなかに、たくさんの遺伝情報が詰まっている。この情報のすべてを読み取ることができたら、人間の謎が解き明かせるかもしれないんだ、と。

DNAを自分の活動で扱う上で、バイオテクロノジーの知識は欠かせません。ただここで大切なことは科学的な“事実”と、人の“感覚”にはズレがあるということ。私はこの科学では答えられない感覚こそ、アートで表現できることだと思っているんです。

※DNAは細胞のなかに存在している物質で、生物の設計図になるような情報=遺伝情報が書かれている。遺伝子はDNAの一部。
Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊
歌声合成ソフト「初音ミク」に遺伝子と細胞を与え、生命/非生命の境界を問い直す作品をBCLが制作・展示。徳井直生(工学博士・DJ)とセミトランスペアレント・デザインの協力のもと、展示室自体を一種の細胞に見立てたインスターレーションを作り上げた。〜3月21日(月・祝)まで、金沢21世紀美術館で開催。

例えばパートナーのゲオアグ・トレメルとともに設立した英バイオプレゼンス社では、故人の皮膚から採取したDNAを木に埋め込んで生きている記念樹をつくるというプロジェクトを行いました。木は人間の生活のなかで象徴的な役割を果たしていて、人が抱きつくこともできる。その結果、冷たい墓石とは違った故人とのコミュニケーションが生まれると思ったんです。

科学的な側面から見れば、この記念樹に故人の命は宿っていません。けれど故人のエッセンスや記憶が、“感覚的”には残る。この感覚を問うことが、このプロジェクトの本質です。私はこの記念樹を通して、残された人から故人との物語を聞きたかった。記念樹は、その物語を聞くための装置なんです。

BCL 『Biopresence』 2004年

今、遺伝子組み換えされた青いカーネーションを、再び白いカーネーションに戻すというプロジェクト「Common Flower/White Out」を続けています。たとえ白く戻して見た目にはわからなくなっても、DNAには操作した痕跡が残る。それをみんながどう考えるか知りたい。そして遺伝子組み換えしたものを自分の手でもう一度組み換えられるのであれば、自分がそのテクノロジーに対してコントロールできるという自覚が生まれます。つまりバイオリテラシーを身につければ、遺伝子組み換えは悪いテクノロジーだ、という一方的な価値観も和らぐと思うんです。

そもそも科学とは公共のものです。でも実際にはまだまだ一般的には閉じられた世界です。その世界をオープンにしていきたい。これもまた、私のミッションだと思っています。

BCL『Common Flowers/Flower Commons』 2009年
  • 福原志保

    アーティスト。2004年、ゲオアグ・トレメルとともに英バイオプレゼンス社やBCLを設立。バイオテクノロジーや水環境問題に焦点を当てた作品を多く制作。国内外の美術館で展示やコラボレーションを行う。http://bcl.io/about/

編集・執筆:水島七恵