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vol.

012

MARCH
2016

vol.012 / 特集

見えない視線

林口砂里|福原志保|甲斐賢治/北野央|森永邦彦|飴屋法水|津田直

例えばミツバチやモンシロチョウには紫外線が、マムシやハブには赤外線が見えている。もしも人間に違う生物の目を移植したら、今までとはまったく違う世界を生きることになるだろう。どうやら見えないものを認識することで、見えてくることがあるようだ。
宇宙、生命、距離、意識、言葉、時間。
6人の視線の先にあったもの。それは見えない世界を見るということ。

林口砂里福原志保甲斐賢治/北野央森永邦彦飴屋法水津田直


時間

時代の狭間に立ち、古代と現代を結ぶ

津田直

Grassland Tears “Omoriyama #1”, 2016 © Nao Tsuda / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

今、自分たちが見えている世界がどれほど狭いのか。ひょっとしたら、ほとんどのことは見えていないのかもしれない。

例えば現在引かれている国境線。この線を文化圏でくくり直してみると、区切られた線の位置は変わってくるのではないか? また、自然と人間の関係性についても、東日本大震災後の両者の対話は果たしてうまくいっているのだろうか? 僕は写真を通じてそれらの問いを現代社会に投げかけながら、自分たちに根付いている固定概念を取り払う作業をしてきました。

そんな僕がここ数年、取り組んできたのが日本の基層文化をテーマにしたプロジェクトです。この新作に挑むにあたって、東北や北海道を中心に繰り返しフィールドワークに出掛け、旅をしてきました。その結果辿り着いたのが、縄文文化を再考することです。なぜなら縄文文化こそ、僕たちの未来を作るための新たな糸口になると気づいたからです。

先日、そのプロジェクトからなる個展『Grassland Tears』(草むらの涙)が都内にて始まりました。眼を閉じた静かな表情の石棒、鹿の骨にクマの彫刻が施されたスプーンなどの静物写真。そしてしっとりとした草むらの向こうに神奈備(かんなび)型の山が写っている風景写真等を発表しています。

僕は縄文の人々が作ったこれらの遺物をモノとは見ていません。それらひとつひとつを手に取り、向き合っていくうちに、いつしか「形ある霊魂」や「循環する命」であると感じられるようになっていったからです。

今日の暮らしに焦点をあて過ぎてしまうと、古き時代は遠い日の記憶というように見えてしまいがちです。けれど、見えない領域に潜んでいる世界に手を伸ばせば、時の流れは途切れることなどなく、緩やかに繋がっているのを体感することができるのではないでしょうか。こうして僕は写真家として、時代の狭間に立ち、古代と現代を結ぶきっかけを探り続けているのです。

Grassland Tears “Itabashiyama #1”, 2016 © Nao Tsuda / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film
  • 津田直

    1976年生まれ。写真家。ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている。主な作品集に『SMOKE LINE』(赤々舎)、『SAMELAND』(limArt)などがある。http://tsudanao.com/

編集・執筆:水島七恵